今年6月、六本木一丁目駅前で開催されたマルシェに参加する安達さん |
安達茉莉子さんは、筆者の大学時代からの友人。今はイラスト詩集の制作やトートバックのデザイン、作詞、映像などに取り組んでいます。
大学卒業後は防衛省で働いた後、英国の大学院で開発学を学び、修了後は国際協力機構(JICA)で勤務。2015年秋に退職し、以降は「MARIOBOOKS」の屋号の下、作家として活動中。
もともと国連職員になって、開発途上国の支援に携わることも考えていた安達さん。なぜ作家になろうと思ったのか、どんな思いを込めて作品を創っているのかを聞きました。
やりたいことが分からない苦しみ
―作家になったきっかけ、経緯を教えてください。
もともと本が好きで、幼稚園でもずっと本や図鑑を読んでいるような子供でした。絵を描いたり、空想にふけったり、そんな幼少時代でした。
でも、高校生くらいから、「上を目指さなければ、”使える人”にならなければいけない」という強迫観念を持つようになり、将来何がしたいか分からない自分を持て余しては、「だから自分は駄目なんだ」という自己否定癖を持つようになりました。
作家になろうと最初に思ったのは、大学三年生時に留学したオーストラリアでのことです。
やりたいことが明確な人たちに囲まれながら、「自分がやりたいことは何だろう」と悩む中で、ある時どん底のような気持ちで一人旅に出ました。
その途中、気付いたのが、「私は作家になりたい」ということ。
その瞬間、文字どおり世界が変わったように見えました。
自分が今まで悩んだり、社会に馴染めないと感じていたことなど全てに納得がいって、「今自分が見ていることは、いつか絶対に私の糧になる」と感じました。
「なれるか分からないけど、天職であるのは間違いない」という根拠のない確信がありました。
帰国後、「もっと社会を見なければ」と思い、まず就職することにしました。
仕事の傍らで、短編小説の執筆を行い、あるコンテストで賞を頂いたのですが、書いている間じゅうずっと、「世界を作り上げていく」感覚がありました。そこには自分の全て、そして世界から感じているものの全てが反映されることを感じました。
「やりたいことがやれず時間が過ぎるのが怖かった」
―その一方で、国連職員になることも考えていたと伺いました。
就職先で働く中で国際開発や国連に関心を持つようになりました。
そして、英国の大学院に留学したのですが、そこで出会ったのが「エンパワメント(empowerment)」という概念。
人が尊厳を持って暮らす」ためには、経済や政治的な力だけではなく、「私にはそれが可能だ」という自信が必要だということ。強く心を揺さぶられました。
この時、どんなに努力しても自分自身の価値を認められず、自己否定に苦しんでいた自分と、友人たちの顔が浮かびました。
「社会への貢献」によって人間の価値を自己規律するような現代日本の社会の構造。何よりもリアルでした。「私が本当に取り組みたく思い、かつ私だから取り組めるのは、そうした形のないものなのだ」と覚悟しました。
今の活動をスタートする決心をしたのは、2015年です。退職を考えたのは別のきっかけもあったのですがですが、もちろん、迷いもありました。
それでも、自分が本来やりたいと思っていることにやれずに時間が過ぎてしまうことを恐れる気持ちが勝りました。
何より、今自分が生み出せるものを早く世界に見せたいような、待ちきれない思いが募っていました。そして同年9月に退職しました。
その後、11月に都内で開催されたデザインフェスタに参加しました。この時は、自分で描いたイラストをシルクスクリーンで刷ったトートバックや紙雑貨などを販売しました。
このデザインフェスタでは、予想をしていなかったほど多くの方に「かわいい」と言ってもらい、買って頂きました。「自分が社会から受け入れてもらった!」というような手応えを感じたのを覚えています。
谷中にある書店「ひるねこBOOKS」で、2016年10月に開催された安達さんの個展。一番手前のトートバッグにある「FREE AT LAST」(ついに自由だ)という言葉は、マーチン・ルーサー・キングの演説からの引用とのこと |
さまざまな人との縁を紡いだイラスト詩集
―その後、イラスト詩集を制作されていますね。
もともと、言葉を使って表現したい、という思いが強かったのですが、合同会社マウント(MOUNT ZINE)が主催するZINE(個人発行の小冊子)のイベントが2016年5月にありました。
この時、内容もテーマも決めないまま「とりあえず出展しよう」と思いました。
制作段階では、まず、言葉遊びの要領で、頭文字がそれぞれ「A」から始まって「Z」で終わる詩を書いていこう、と思いました。
そして1日1枚書いていくうちに、自分の内から出てくるのが、別れに関する言葉ばかりであることに気付きました。
当時、祖母が亡くなったことを始め、何人かの親しかった人との別れを経験しました。
こうしたことに関して、世間では「早く忘れた方がいい」というメッセージばかりが溢れていましたが、私は逆に「この記憶がなくなったら、到底やっていけない、持ちこたえられない」という強い実感がありました。
『何か大切なものをなくして そして立ち上がった頃の人へ』(右)と、最新作『日常の中に生まれてくるある瞬間について』(中央) |
この時に創ったZINE『何か大切なものをなくしてそして立ち上がった頃の人へ』を発表したときは、トートバックや雑貨だけを販売していた時とは、まるで異なる反応を受けました。
「この気持ち、とてもよく分かる」と、手にとって泣き出す人、一度見てから友達を連れてもう一冊買いに来てくれた人などがいたのです。
全ての詩は日英の二カ国語で書かれている。W(左ページ)の詩の日本語「世界はやっぱり君がいないと同じじゃない/でも思っていたよりも悪くはないよ/それはたぶん君が/僕の周りの小さな世界を/良いものにしてくれたからだと思う」 |
このイラスト詩集は、自ら営業をし、書店などにも置いてもらったのですが、その後、いろんな方との縁をつないでくれました。
例えば、東京の谷中にある書店「ひるねこBOOKS」から声を掛けてもらい、2016年9月に人生初の個展を開いたり、翌10月には、詩集を置いてくれている北海道のマフィン屋さんで、コラボイベントを行ったりしました。
今は東京、茨城、北海道の書店やカフェなど、10店舗弱に置いて頂いています。
普遍的なものを表現したい
―こうした過程を経て、今年5月に出した最新のイラスト詩集『日常の中に生まれてくるある瞬間について』は、泥の中でもがいていた人が水面に顔を出して一息ついたような、ほのかな明るさを感じさせますね。
私の中で、もともと、私小説のようであっても、普遍的に色んな人の心に届くようなものを書きたいという思いがありました。
この『日常の中に生まれてくるある瞬間について』は、以前勤めていた職場でとても忙しかった時、日々の中の何気ない生活にいかに飢えていたか、いかに生を欲していたかを思い出す中で生まれたものです。
同じように、日々を忙しく過ごしている人に、何か届くものがあるのではないか、と思いました。
巻頭の詩「旅先のホテルで朝目覚めて/今日これから何をしようか/考えている時の あの感じ」。
このほか、「もう嘘をつかなくていい時の その感じ」「定時で会社を出て、旅行の計画を立てるために集合する時の あの感じ」など、人生のさまざまな場面の言葉とイラストが散りばめられている
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この時の反応は、さまざまでした。
「この瞬間についてはよく分かるけど、この気持ちに関してはまだ知らない」という声や、「こんな気持ち、あなたがなぜ分かるの」と驚いたように伝えてくれた人まで。
こうして対面で得られるダイレクトな反応は、本当に糧になると感じています。
「影」に希望を
―作家としての、今後の目標を教えてください。
いまやっていることをもっと深めていきたい。今後はマンガや小説など、異なるジャンルにも挑戦していきたいと思いますが、私の表現欲求の根本にあるのは、「ここであれば生きていける」という世界観を、物語を通じて創ることなんだと思います。
私は九州の田舎の生まれで、幸せな子供時代を送ったと思っていますが、よく「本こそ、私しか知らない孤独や寂しさ、虚しさを分かってくれる」と感じていました。
上京してからもその状況は変わりませんでしたが、スペインの映画監督ペドロ・アルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』を見た時、人生の影があふれるような内容ながら、「この人が描く世界は希望そのものだ」と思ったことを覚えています。
表現は時間や距離を超えます。
私の創ったものが、同じようにどこか遠くにいる人に、「こんな世界は可能なんだ」と思ってもらえたら。そんな思いで、今後も創作を続けて行きたいです。
昨年10月に開催された個展で。筆者とツーショットしてもらいました |
コラム 自己否定からの脱却
「私は随分と長い時間を、自分自身を否定することに使って生きてきた」
自身の半生を振り返った、「Free at Last」という文章(小冊子『Lost and Found』、2017年3月発行に掲載、一部書店で販売)の中で、安達さんはこのように書いています。
大学時代、安達さんは「お前は何がしたいのか」という問いにうまく答えられない不安を押しつぶすように、「使える人になる」「社会的にいいことをする」ことを目指し、国際開発などに関連するサークル活動に熱中します。
けれども、そうした中で、「使えない奴」と判断されるのが怖くて、就職活動ができなくなり、精神科を訪れたりもしたということです。
その後、彼女は仕事を辞めて留学した英国の大学院で、開発学について学びます。
その時、途上国出身の留学生から、「あんたたちにとって途上国のことなんて、結局他人事でしょ。国際機関に入ってエリートになりたいなら、理解できるけど」と問われたということです。
その問いにうまく答えられず悩んでいた時、安達さんは開発学の講義で「エンパワメントの概念を知り、「頭を殴られたような気がした」と書いています。
「私は多分、社会の抑圧や不平等の是正に向けて取り組むことで、自分自身の傷を癒したかったのだ(中略)。裕福で安全な日本だって、存分に病んでいる」(「Free at Last」)。
その後、彼女は自分を苦しめてきた自己否定の衝動と向き合い、創作活動を開始します。
そして、創作が縁になって知り合った人たちや、経験の中で、「自分の望みと魂に齟齬がなく、自分が自分と一致する状態を感じられるようになった」と書いています。
そうした彼女が次にどんな作品を生み出すのか。楽しみですね。
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安達茉莉子さんのホームページ。作品情報などはこちらから。
https://www.mariobooks.com/
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