先日、あるイベントで知り合った方と、
食事をする機会がありました。
彼女は、数年前、かなり田舎の方で約1年間暮らす体験をしており、
田舎暮らしについて、向こうで感じたことなどお聞きしたいと思い、
こちらからお願いして時間をとってもらいました。
彼女の仕事上がりに有楽町で一緒にご飯に行き、
田舎暮らしについて、色々と伺っていたのですが、
ふと、彼女は、
「東京に戻ってきて暮らしていると、違和感を覚えることが多くなりました」
「東京に戻ってきて暮らしていると、違和感を覚えることが多くなりました」
と言いました。
田舎では、野菜などをほとんど自給し、
あるいはご近所さんで分け合っていて、
ほとんどお金を使うことがなかったと言います。
ほとんどお金を使うことがなかったと言います。
「でも東京だと、お金がないと生活ができなくて、
だんだん、お金のために生きているような感覚になってくることがあるんですよね」
ぬか漬けの例え
そんな話をしながら、僕の方から、彼女に
「じゃあ、●●さんは将来、どんなところに住みたいですか?」
と尋ねました。
彼女は、少し考え込んだ後、
「たまたま行った土地の自然が気に行ったり、
住んでいる人たちのことが好きになったり、
この事業をやってみたい、ということがきっかけになるかもしれないけど、
その時になったら、自然と『あ、ここだ』と思うんじゃないかな、と思います」
と答えました。
これを聞いて、
先日、ヨガの先生から、
「(自分のやりたいことについて)
答えが自分の中から自然に出てくるまで、待ったみたら」
「(自分のやりたいことについて)
答えが自分の中から自然に出てくるまで、待ったみたら」
と言われたことを思い出しました。
(https://musubiomusu2.blogspot.jp/2017/07/blog-post_9.html)
彼女にこの、ヨガの先生の話をしたところ、
彼女は、おもむろに、
「実は最近、ぬか漬け作りを始めたんですよ」
「実は最近、ぬか漬け作りを始めたんですよ」
と言い出しました。
「ぬか漬けって、材料を混ぜてぬか床をつくって、
野菜を入れた容器を、毎日、ひっくり返したりするんです。
はじめは、それぞれの材料の味がバラバラで、
『こんなことやっていて、意味あるのかな』と
ばかばかしい気持ちになるんですけど、
ある時、急に味が変わるんですよね」
※酔っ払いながら話を聞いたので、ぬか漬けの作り方が間違っていたらごめんなさい・・・
「それと同じで、気持ちも、適切な時期が来たら熟す、
ということがあるんじゃないかなって思います。
ということがあるんじゃないかなって思います。
変化のない毎日を送っているように見えても、
実際は、色んなことって変化しているし」
「前進病」と、待つこと
それを聞いていて、ふと、最近の自分の状態を振り返りました。
仕事を辞めて、フリーランス(実質的に無職状態に近い)になって、
色々模索してきて苦しいな、と思ったのは、
「自分が今、前進をしていないんじゃないか」
という思いです。
自分が今やっていることが、何かしら未来につながることが
保証されているなら、
例え一時的にお金が厳しくっても、耐えることができる。
でも、
「今、自分がやっていることは、まったくの無駄なんじゃないか」
「自分は、まったく前進していないんじゃないか」
という恐れで、心を何度も乱されました。
(「前に進まなきゃ」という強迫観念は、
もはや病気みたいなものだと感じ、
もはや病気みたいなものだと感じ、
個人的に「前進病」と呼んでいます。笑)
でも、自分のいのちが、
次の形へ変化しようとすることを、
次の形へ変化しようとすることを、
ただ見守ること。
何か、新しいことを始めるのって、
あるいは、自分の命にかなう生き方をするのって、
これを通してしかできないのではないか、と思いました。
こんなことを考えていて、
ふと、「たとえ明日、地球が滅びるとしても、
僕はりんごの木を植える」という、
(ルターの言葉らしい)有名な言葉を思い出しました。
成果が出るかどうかではなく、
直観的に、自分が大切だと感じることに
手を伸ばすこと。
自分が、これから学ばなければ
いけないことなのだろうと思います。
いけないことなのだろうと思います。
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