「誰か、非常停止ボタンを押してください!」
電車の中に、切迫感をはらんだ女性の声が響き渡った。
数週間前の朝、渋谷と神奈川県をつなぐ東急田園都市線に乗っていた時のことだ。
通勤のピークが少し過ぎたとはいえ、8時40分過ぎの電車はまだ込み合っていた。
僕は、いつものように吊革につかまって立ち、新聞を読みながら、北朝鮮のミサイル問題やトランプ政権の行く末などについて、ぼんやり眺めていた。
そんな時、駒澤大学駅の辺りだっただろうか、この声が響き渡ったのは。
びっくりして、周りの見回した。
他の人が壁になってはっきりとは見えなかったが、老齢の男性が具合を悪くして、倒れたようだった。
OL風の女性がいち早く非常停止ボタンを押して、電車は駅で停車した。
それから、数人の男性が、倒れた老齢の男性を抱えながら連れ出し、「駅員さーん」と呼んだ。
すぐに二人の駅員が駆け寄ってきて、男性の乗客数人と駅員とで、倒れた男性をベンチまで連れて行った。
乗客たちは再び電車に乗ってから、5分ほど遅れて、電車は動き出した。
その様子を見ていて、「親切な人たちっているんだな」と温かい気持ちがこみ上げた。
それと同時に、少し複雑な思いがした。
「こっちの迷惑も考えてほしいよ」
東急田園都市線は、激しい通勤ラッシュと、人身事故や具合の悪くなる乗客によって、しょっちゅう遅延することで悪名高い路線だ。(少なくとも、僕は悪名高いと思っている)
朝の急ぎの会議の時などにも遅延することが頻繁にある。
こうした時に、ものすごくイライラする自分がいる。
「これに遅れると、社内で白い目で見られる」
「会議で通したい案件があるのに、発言のチャンスがなくなってしまう」
「今日は早めに会社に行って仕事しようと思っていたのに・・・・」
1年ほど前、人身事故で、電車が大幅遅延した時のことだ。
それは帰宅ラッシュから少し過ぎた、夜遅い時間だったが、僕の横に立っていた二人のサラリーマン風の男性が、こんな会話をしていた。
「自分が死ぬのは勝手だけど、こっちの迷惑も考えてほしいもんだよ」
その、怒りがこもった、低くて暗い声を、今でも覚えている。
反発心を覚えつつも、その気持ちが理解できる自分がいた。
便利な社会とイライラ
アジアやアフリカなどの途上国で仕事をしている人に話を聞くと、あちらでは、電車などが遅延するのは当たり前だという。(僕も、いくつかの国で体験したことがある)
人々は、交通機関が遅れるのに慣れていて、文句を言ったりしない。
その代わり、途上国では、約束の時間に遅れても気にしない人も多くいるという。
日本のように正確無比な時間で交通機関が運行するのは、本当に便利な社会だ。
これは、多くの人の努力によって、達成されたものだ。
電車の交通網も、多くの路線で相互乗り入れや延線が行われ、僕が子どもの時よりも、もっと便利になった。
(例えば、僕の実家がある千葉県のあるところでは、都心に出るのが20分以上、早くなった)
だけど、時間通りに動くのが当たり前になり、便利になった分、遅延が起きた際に人がイライラすることも多くなったのではないか。
これは、インターネットを例にとっても言えることだ。
スマホの5Gや光回線のおかげで、ネットのスピードはとてつもなく速くなった。
しかし、いったんそれに慣れてしまうと、うまくつながらない時に、激しくイライラすることになる。
(個人的な話だが、以前、ケータイの電波状況が悪く、メールがうまくつながらない時に、待ち合わせをしていた人から「こっちがさっきから連絡してるのに、なんで答えないんだよ!」と、めちゃめちゃ怒られたことがある。
「ケータイの電波のせいなのに・・・」と、こちらも怒鳴り返しそうになったものだ)
心の問題
この「より便利な社会」というものは、多くの企業が掲げているキャッチフレーズだ。企業にとっては、これこそが競争力の源泉となる。
僕も、消費者としてこの便利さの恩恵を受けていると同時に、企業社会で働く生産者としても恩恵を受けている。
この便利さを売って金を稼いでいる企業から仕事を得て、生計を成り立たせているからだ。
そうした身として、単純に「不便な方が、温かい心が感じられていい」などと言うのは、正直、難しい。
(時々なら、不便さもいいと思っているが)
ただ、同時に、この心の問題をどうにかしないと、どんなに社会が便利になっても、いつまでたっても幸せになれないのだと思う。
このブログで、僕は何度かマインドフルネスについて言及している。
僕が、「心を整えること」に関心を持つようになったのかは、他にも理由があるのだが、一つはこのことだ。
マインドフルネスが別に唯一の方法ではないかもしれないし、他の方法があってもいいと思う。
だが、いずれにしろ、より良い社会を考えることと、心を整えることは、恐らく、同時並行で進めるべきものなのだ。
自分なりに、今後、その方法を探っていきたいと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿