俺は猫である。名前はまだない。
が、そろそろ持たねばならぬと思っているところである。
ことの発端は、あの小娘だ。
俺が寝泊まりしている寺の境内には、3日にいっぺんくらい、若い母親と小娘が遊びにくる。
母親は、「ひかり、今日はお空がきれいだねえ」などと呑気なことをいつも言っている。
なので、俺はこいつを「ほわほわさん」と呼んでいるのだが、あれはつい3日前のことだ。
ほわほわさんが、小娘を連れて、いつもどおり散歩に来た時。
小娘が俺をじいっと見て
「ママ、トトロがおるで」
と言い出したのだ。
「ひかり、猫さんはトトロじゃないよ」
とほわほわさんは言ったが、小娘は「ううん、トトロだもん!」と、俺を捕まえたそうな素振りを見せたので、俺は一目散に逃げ出した。
それから、俺はミケ子を訪ねた。
独立独歩の誇り高き野良猫である俺と違い、ミケ子は人間どもに飼われている猫である。
なんでも、ここに来る前は、「東京」とかいう大きな町の、「たわあまんしょん」に住んでいたらしい。
だが、ミケ子の飼い主の夫婦が、東京に嫌気がさしたとかなんとかで、去年こっちに引っ越してきたのだとか。
今は、まあまあの広さの庭が付いた、2階建て一軒家に住んでいる。
俺がミケ子と知り合ったのは、ネズミを追いかけてミケ子の家の庭に入りこんだ時のことだ。
物珍しさから、俺はミケ子としばらくおしゃべりした。
「それはもう、東京は素晴らしいところでございましたのよ。それに比べてこっちは、本当に野蛮ですこと」
ミケ子の高慢ちきな口調はしゃくに触ることが多かったが、ミケ子はなかなか物知りである。
そして・・・。ちょっと可愛くないこともない。
そんなわけで、俺も、やつが暇しているだろうと思って、時々会いに行ってやるのである。
この日の午後も、俺がミケ子を訪ねてみると、ミケ子は縁側で、気持ちよさそうに目を閉じて日向ぼっこをしていた。
「うにぁあ」と呼びかけると、ミケ子は目を開いて「あら、いらしてたんですの」と、いつもの鼻にかかった声で応えた。
しばらく世間話をした後、俺はミケ子に「トトロとは何やねん?」と尋ねてみた。
「あら、それはスタジオ・ジブリのアニメのキャラクターですわ」
ミケ子によると、なんでも人間は、「あにめ」とかいう、架空の人間や動物が出てくる物語を、「てれび」とかいう機械をつかって見るらしい。
そして、トトロというのは、その、ザブリだかズブリとかいう「あにめ」に出てくる”大怪獣”なんだとか。
人間が、そんな作り話でウキャウキャやっているのは、まあやつらが馬鹿だから仕方ないことだ。
だが、それを俺のような誇り高き猫にまで当てはめるのは、全くもって迷惑な話である。
そんなわけで、俺も、そろそろちゃんとした名前を持たなければ、と思っている次第である。
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