【ヨガ男子の香川日記】瀬戸内でダークツーリズムを考える:負の歴史とどう向き合うか

2019年7月7日日曜日

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大島の中に設けられた、88箇所参りの場所。島外に出ることを許されなかった患者の方々がお参りしていた


島の課題

瀬戸内国際芸術祭の舞台となる島々は、美しい景観で有名だ。でも、実際は多くの社会課題を抱えている。

日本全国に共通して見られる、過疎化といった話だけではない。

例えば、大島。日本政府の政策により、かつて、ハンセン病の患者の方々が強制収容されていた場所であり、現在も患者の方々が残っている。

また、豊島(てしま)は、産業廃棄物の不法投棄に行政が加担し、住民と行政の間で厳しい緊張が続いた歴史がある。

そして、岡山県側にある犬島。明治時代に銅の精錬所が建てられ、10年間稼働した後で、経済的な理由から操業停止になった。

だが、精錬所の汚染された煙により、島の緑は一時期、ほとんど枯れ果てたという。現在も、瀬戸内海の中で、特に過疎化に苦しんでいる地域の1つだ。

こういう場所に来るたびに、「楽しいだけの観光PRをしていていいのか?」という問いを突きつけられる気分になる。

(特に、この地域がアートフェスティバルをやっている理由の1つは、こうした負の遺産からの再生にあるからだ)

「楽しい」だけの観光?

精錬所の跡を再生させた犬島精錬所美術館

日本の観光は、基本的に、「楽しい」「刺激的」「現実を忘れさせてくれる」といった、明るい要素によって成り立っていると思う。

(最適な例は、「夢の国」東京ディズニーリゾートだろう)

人間には、現実から離れてリフレッシュすることが必要な時がある。だから、こうしたものの存在意義を否定する気は、まったくない。

ただ、メディアや広告の中には、観光となると明るい話ばかり出てきて、負の歴史が取りざたされることは、あまりに少ない。

そのバランスの悪さは、問題のような気がする。

(暗い要素というのは、日本のメディアの中では、基本的にジャーナリズムかゴシップ雑誌で扱われる)

観光ビジネスと負の歴史

大島にあるハンセン病療養所「国立療養所大島青松園」。中では、目の不自由な方のために「故郷」といった曲が流れている

観光というのはビジネスなので、売れてナンボの部分がある。で、「負の歴史」というのは、資本主義社会の中では、「売れないネタ」とみなされているから、このような形になるんだろう。

ただ、世の中には、アウシュビッツや、広島の平和記念資料館に、あえて行く人もいる。

こういうものは、「インスタ映え」にはならない。その場に行っても、胸がいっぱいになって、なにも言葉が出てこない、という人も多いだろう。

ただ、それでも、そういう場所に行きたいと感じる人がいるのは事実だ。

また、映画や小説に目を向けて見ると、売れる作品というのは、必ずしも明るい作品ではない。

(ハッピーエンドのものは多いけど、そこに向かう過程で社会問題が言及されていることも多い)

これは、1つには、小説や映画が「ヒューマンストーリー」であるため、共感しやすい、ということがあるのではないかと思う。

ダークツーリズム的なものを考える際に、そこにどんな人がいて、その人が何をどう感じていたのか。そうした個人としての人間の物語を、わかりやすく伝えること。

そこが大切な気がするのである。

陰と陽のバランス

以前、山伏の方にガイドをしていただいて東京・高尾山を歩いたことがある。

東京・高尾山を山伏と歩く:自然とともに生きる修験道

その際に印象的だったのは、「山で厳しい修行をした後は、俗世間に戻る前に、おいしいものを食べたり温泉に入ったりして、楽しむことが大切」と言っていたことだ。

これは、人間も、人間社会も、陰と陽の両方があって成り立つものだということの、別の表現なのではないかと思う。

悲しいことから目をそらすような明るさではなく、光も闇も両方受け入れたうえで、よりよい在り方を目指すこと。

そういう意味で、楽しい観光も、暗みに触れるような観光も、両方必要なのではないか、という気がする。

(もちろん、センシティブな問題がある地域では、往々にして「観光による搾取」も起きがちなので、どんな地域でも、観光すべきだとは思ってないが)。

こうした点は、これからもっと勉強せねば、と思っているけど、現段階の所感としてまとめておきたい。































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