やりたい仕事をやっているのに、自分がすり減っている気がする?:マインドフルネス瞑想会の法話から

2018年3月7日水曜日

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夜20時30分。東京メトロ末広町駅近くのカフェ。仕事上がりの一時。

30代になってから、疲れが抜けるスピードが明らかに遅くなった。胃袋も縮んでいるのか、少し食べ過ぎると、すぐに胃もたれになるようにもなった。

もともとあまり頑丈ではなかった体が、さらに劣化している感じだ。

そうなると、色んなことがこれまで通りにいかなくなる。

夜更かしはしない、食べる量を減らす、など、生活のリズムをどのように変えていくかを今、考えているところだ。

「環境の変化への対応」は、ビジネスの至上命題の一つだと言われるが、「自分の体」という環境も、決して不動のものではないのだと痛感する。

忙しい仕事と自分の心のケア

先週の日曜日(3月4日)、月に一度の瞑想会の集まりがあった。

※瞑想会については「不安との向き合い方:マインドフルネス瞑想について」を参照ください。

瞑想会では、毎回、さまざまなテーマの法話が行われる。

今回のテーマとなったのは、「仕事が忙しい中で、どのように自分の心をケアすればいいか」。

「やりたい仕事をやっているはずなのに、忙し過ぎて自分がすり減っているような感じがする」

こんな経験を身に覚えがある人は、少なくないのではないかと思う。

たとえば、国際協力NGOなどに就職し、はじめは強い熱意と使命感を持って仕事に取り組んでいたが、徐々に行き詰まって、辞めていく人は少なくないという。

介護を含むサービス業など、いわゆる「感情労働」に従事している人も、「燃え尽き症候群」になりやすい傾向があることは、よく指摘されることだ。

こういう人たちの場合、「やりたい仕事をやっているんだから、もっとがんばらなきゃ」という気持ちが先立ち、「自分が疲弊している」という状態に気づかず、ある日、ポッキリ折れてしまうことが多いという。

そうした状態を防ぐためには、どうしたらいいのか。

(正確には、そういう趣旨の話ではなかったのですが、この話題になった経緯に参加者のプライベートな問題が少し関わっていたりもするので、一般論に置き換えて書いています。瞑想会に参加していた方、すみません)


「そんな時は、自分が今、幸せかどうかを問い掛けてみて」

「もし今、幸せを感じられないようなら、仕事を休んで、自分自身のケアを最優先して」。

僕の通っている瞑想会の先生であるアン・フーンさんが言ったのは、自分を見つめ直すことの大切さだ。

彼女の言葉を正確にメモっていなかったので、僕の主観が入った解釈だが、彼女は、このようなことを説明してくれた。

「幸せは、苦しみの外にあるものではない。」

「人間は、苦しみや困難を乗り越えたり、苦しんでいる他者に対する慈悲の心を抱いたりするなど、苦しみを変容させる過程に幸せを感じる」。

「もし幸せであり続けたら、人間はだんだんその幸せに飽きてしまう。どんなすばらしい風景も、ずっと見ていると退屈になる」

「そういう意味で、良く生きるためには、苦しみと幸せのバランスが大切」

こう指摘した上で、アン・フーンさんは、

「しかし、苦しみがあまりにも蓄積すると、人は美しい景色を見ても、幸せが感じられなる。そうした状態になったら、仕事を休んで、自分自身のケアを最優先した方がいい」。

と述べた。

「あなたは幸せ?」と自分にときどき問い掛けてあげること

「やりたい仕事をできているのは有り難いことだから、もっと頑張るべきだ」

こうした「べき」論的な感情というのは、時として、心からやりたいと思う内発的な感情と区別を付けるのが難しいことがある。

「他人の役に立つことができているのが嬉しい」というのは、人間の真実の感情として在ると思う。

でも、「他人の役に立てて嬉しい」という感情と、「もう疲れた。1人になりたい」という感情は、微妙なバランスだったりもする。

場合によっては、こうした感情は、「私がこのくらい自己犠牲しているんだから、あなたも私のために自己犠牲すべきだ」あるいは「オレが苦しんでいるんだから、お前も苦しめ」といった怒りに転化することもあるのではないかと思う。

そんな中、時々、自分に「今、あなたは幸せ?」と問いかけてあげること。それで自分の立ち位置を取り戻すことができると思う。

ティク・ナット・ハン師のマインドフルネス瞑想は、彼がベトナム戦争で多くの死者を看取ったり、傷ついた人たちのケアし、自分も消耗しきってしまったという経験から生まれているという。

ハン師は、「世界の平和は、自分の心の平和から始まる」と語っていたが、今回の法話を聞いていて、改めて「自分が幸せになること」の意味を改めて考えさせられた。



一方で、アン・フーンさんは、「疲れているのに『もっとがんばらなければ』という気持ちが先立つのは、『自分が他人よりもできていない』という劣等感もあるからではないか」とも語った。

「人は、一人ひとり異なるもの。ある人は体力があり重たいモノが担げるが、自分はできない、ということは当然ある」「大事なのは、そうした自分について、コミュニティーの中で理解してもらう努力をすること」。

これを聞いて、ふと思ったことがあった。

(続く)

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